大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢簡易裁判所 平成6年(ハ)909号 判決

原告

出店博幸

右訴訟代理人弁護士

飯森和彦

被告

石川トナミ運輸株式会社

右代表者代表取締役

森田武美

右訴訟代理人弁護士

北尾強也

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七九万五八四七円及びこれに対する平成七年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  事案の概要

本件は、被告に雇用されていた原告が、倉庫内において保管中の浄化槽上で作業中、転落して負傷した事故につき、被告に対し、雇用契約上の安全配慮義務違反による損害賠償を求めるとともに、被告の障害特別見舞金規程に基づき見舞金の支払いを求めた事案である。

1  争いのない事実

(一)  被告は、貨物自動車運送事業、貨物運送取扱事業、倉庫業等を目的とする株式会社であり、原告は、昭和六一年春頃、被告に雇用されて入社し、平成四年一〇月頃から倉庫係として勤務していたものである。

(二)  原告は、平成六年六月一〇日午前九時頃、石川県松任市〈以下、略〉の被告会社倉庫内において、同日右倉庫内に搬入された保管貨物(浄化槽)の上に登って、右浄化槽上部の点検口(直径約五〇センチメートルの開口部)に蓋をする作業を行っていたところ、点検口から浄化槽内に転落し、右肋骨不全骨折、背部挫傷の傷害を負った(以下「本件事故」という)。

(三)(1)  被告の障害特別見舞金規程(以下「見舞金規程」という)によると、従業員が、業務上負傷又は疾病により休業した場合は、労働基準監督署の認定に基づき、休業四日以上に対して休業一日につき一〇〇〇円の補償をすること(同規程第三条)、但し、労使でその都度協議の上、右負傷が、関係法令及び社則違反による故意又は本人の重大な過失による事故であると判明したときは、その金額の全部又は一部を支給しないことがある(同規程第六条)とされていた。

(2)  本件事故については、平成六年七月一六日に開催された被告の事故防止対策審議会において、原告に対する見舞金規程第三条による特別見舞金を支給しない旨の審議判定がなされた。

2  原告の主張

(一)  被告の安全配慮義務違反

(1) 被告の倉庫は必ずしも広いものとはいえず、しかも、被告は、倉庫に搬入される貨物の数量や搬入予定時間を事前に十分把握していなかったため、倉庫係の作業員は、後に搬入されるかもしれない貨物を倉庫内に円滑に配列できるよう、浄化槽が搬入された際、直ちに奥から詰めて配列しなければならず、しかも、右浄化槽の一部は、点検口の蓋を外した状態で搬入されていたため、倉庫係の作業員は、浄化槽を配列した後、その上に登って、点検口を確認し、蓋をする作業を行わざるを得なかった。

他方、浄化槽は滑りやすい形状であり、その上で点検口に蓋をする作業は転落の危険を伴うものであり、被告はこれらのことを熟知していたのであるから、作業員が浄化槽の上に登らなくても点検口に蓋をする作業ができるよう、例えば倉庫を拡充するなどして、搬入された浄化槽を配列する際、右作業のための通路が確保されるような措置を講じておくべき義務を負っていたのに、これを怠り、何ら右措置を講じなかった。

(2) 原告の損害

入院雑費 金八四〇〇円

休業損害 金七三万六一二七円

慰謝料 金四〇万円

ただし、原告はこれまで労災保険給付として休業補償給付金合計四二万五六八〇円、被告から見舞金として金三〇〇〇円の支払いを受けたので、これを右損害額に充当した。

(二)  特別見舞金

(1) 原告は、業務遂行中に本件事故に遭い、そのため平成六年六月一〇日から同年八月三一日まで八三日間休業した。従って、被告は原告に対し、見舞金規程に基づき、特別見舞金八万円(八〇日分)を支払う義務がある。

(2) 被告の事故防止対策審議会には見舞金不支給を決定する権限はない。また、本件事故について不支給を決定した同審議会には、組合側代表者として運輸労連石川トナミ運輸労働組合の組合員三名が出席して協議に加わったが、原告は右審議会が開催される前に、同組合に対し、同組合を脱退する旨を通知していたものであり、同組合は原告を代理できる立場にはなく、原告が直接協議に加わることなくなされた右決定は何らの効力を有しないものである。

(3) 右審議会の決定は、本件事故が原告の過失による自損行為であるとして、見舞金規程第三条の適用がないとしたものであるが、本件事故は原告の過失によるものではない。

三  争点

1  本件事故につき被告に安全配慮義務違反があったか

2  損害の発生の有無及びその額

3  本件事故につき事故防止対策審議会が行った判定の効力

四  争点に対する判断

1  争点1について

(一)  一般に、雇用契約において、使用者は労働者に対し、信義則上、雇用契約の付随義務として、その労働者が労務に服する過程で、生命、身体、健康を害しないよう労務場所その他の環境につき、配慮する義務(以下「安全配慮義務」という)を負うと解すべきである。

そして、使用者の負担する右安全配慮義務の具体的内容は、当該労務供給関係における労務の内容、就労場所、利用設備、利用器具及びそれらから生ずる危険の内容、程度によって異なるが、その内容を特定し、かつ同義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、原告にあると解するのが相当である。

(二)  本件において原告の主張する安全配慮義務は、前記二2(一)(1)のとおりであるところ、前記争いのない事実に加え、証拠(〈証拠・人証略〉)を総合すれば、

(1) 原告は、倉庫係として、トラックで搬入された貨物をフォークリフトで倉庫内の所定の場所へ搬入して配列する作業、及び倉庫内で保管中の貨物を配送する際にフォークリフトで倉庫入口の荷捌場まで運び、トラックに乗せる作業を行っていたものであり、倉庫係の作業員は原告の他に一名いたが、原告は浄化槽の搬入・搬出の作業を一人で担当し、右作業について他から指示を受けることはなかったこと

(2) 被告の取り扱っていた浄化槽は、主として幅八五ないし一一六センチメートル、長さ一九〇ないし二一六センチメートル、高さ一三一・五センチメートル程度の大きさのものであったが、トラックで搬入される際、二段に積み重ねられ、上段の浄化槽については上部の蓋が取り外されて浄化槽と浄化槽の隙間や荷台の隅に置かれた状態になっていたため、原告は、浄化槽をトラックから降ろして第三倉庫一階の所定の位置に隙間なく配列した後で、浄化槽の上に登り、蓋のない浄化槽を確認して蓋をするという方法で作業を行っていたこと

(3) 第三倉庫一階の床面積は約七五二平米であり、浄化槽以外の貨物の保管のために、常時約二〇〇平米が使用されていたほか、貨物を運ぶフォークリフトの通路及び同倉庫二階へ搬入する貨物の一時置場として相当の面積を空けておく必要があったが、同倉庫から保管貨物がはみ出したり、倉庫が一杯でフォークリフトの通路が無くなるような状態になることはなかったこと

(4) 本件事故当日は、在庫の八二個の浄化槽(底面積合計約二〇八平米)に加え、一七個の浄化槽(底面積合計約三八平米)が入庫されたこと

(5) 浄化槽の出入庫について、具体的な予定時間及び数量は、被告において事前に把握していなかったため、原告にも予め通知されていなかったが、搬入作業は概ね午前六時半ないし七時ころから始まって午前九時半ころには終了し、搬出作業は午後に行われていたこと

(6) 原告は、貨物を搬入するトラックが何台も同時に到着した場合には、トラックを駐車場で待機させて、到着順に荷物を降ろす作業していたこと以上の事実が認められる。

(三)  右各事実によれば、浄化槽の配列や、点検口に蓋をする作業を、いつ、どのように行うかは、原告自身の自由裁量に委ねられており、前記第三倉庫一階の面積・利用状況及び浄化槽の搬入・搬出作業の時間等に照らすと、原告において、搬入された浄化槽を、その蓋の有無等に配慮することなく直ちに隙間なく配列し、その後浄化槽の上に登って作業せざるを得ないような状況にはなく、他のより安全な方法によって点検口に蓋をする作業を行うことが可能であったと認められる。

そうすると、本件事故につき、被告には、物的環境の整備に関する限り欠けるところはなく、原告の主張するような、倉庫を拡充するなどして作業用の通路を確保するための措置を講ずるまでの義務を負うものと解することはできない。

よって、争点2について検討するまでもなく、安全配慮義務違反による損害賠償請求は理由がない。

2  争点3について

(一)  前記争いのない事実に加え、証拠(〈証拠・人証略〉)を総合すれば、

(1) 被告の事故防止対策審議会は、業務中に生じた事故の原因及び責任の所在を究明し、再発防止の処置を講ずると共に、被害回復及び事故責任者の処分を行うこと等を目的とする事故防止対策審議会規程に基づいて、右目的のために設置された機関であること

(2) 同審議会は、従来から、原則として毎月開催され、会社側の代表者と、労働組合代表者により協議を行い、出席委員の全員一致により決議を行い、従業員に対する見舞金規程に基づく特別見舞金の支給についても、同審議会が決定していたこと

(3) 本件事故については、平成六年七月一六日に、会社側委員二名と組合側代表者委員三名のほか、事故内容の説明等を担当する提案者一名が出席して審議会が開催され、審議を行った結果、「当事者(原告)の過失度合及び労働災害防止に対する労使の基本的な合意事項により障害特別見舞金規程第三条は適用しない。」旨の審議判定がなされたこと

以上の事実が認められる。

(二)  右各事実によれば、被告の見舞金規程に定める特別見舞金は、事故防止対策審議会規程の前記のような趣旨に基づき、会社内部における当該事故の事後処理の一環として、事故発生に対する当事者の帰責性その他の諸事情を考慮の上、労使の協議によってその支給が決定される性質のものであり、その支給の有無及び金額の決定権限は事故防止対策審議会に委ねられ、右決定手続に当該事故の当事者本人が関与することは本来予定されておらず、同審議会の構成員たる労働組合代表者が労働者の代表として協議に加わるものとされていたと認められる。

そうすると、本件事故については、同審議会が所定の手続を経て協議の上、特別見舞金の不支給を決定したものであり、その手続及び内容に原告の主張するような瑕疵は存しないものといわざるを得ない。

従って、見舞金規程に基づく請求も理由がない。

(裁判官 福井美枝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例